「もっと稼ぎたい」と思うことは浅ましいか

 




どうも、オコジョとイタチとフェレットは区別なんかつけないいなせな男、クラウンです。

突然ですが、月にいくらお金が欲しいと思って働いているんですか?

30万円ですか?

50万円ですか?

100万円ですか?

それ以上ですか?

そんなこと考えてないですか?

好きなことやれたらそれでいいですか?

好きなことやれてるんですか?

すみません、旦那が朝帰りしてきたときの嫁のポテンシャルで質問責めにしてしまいました。

僕は月にいくら欲しいのか

僕はサラリーマンです。

月に200時間程度働いて30万円くらい稼いでいるド平均リーマンです。

正直もっと欲しいです。

どのくらいかというと、月に100万円くらい欲しいです。

でももっともらうためにはもっと時間と労力を犠牲にして仕事をしなければなりません。

今の仕事に、その価値はないと思っています。

入社したとき僕は中途採用だったので、「月にいくら稼ごう!」なんて考えていませんでした。

とにかく就職してちゃんと毎月安定したお給料をもらって生活しよう、くらいのモチベーションで就職しました。

そして会社の上司や同僚から学び、切磋琢磨し、睡眠時間を削り、プライベートの時間もなるべく仕事のことを考え早く出世したいと思っていました。

そのために社長や役職の人たちがどんなことを考えているのか推察しどうやったらその考えに近づけるか常に考えていました。

一時期の僕は「洗脳」状態に近かったと思います。

上司に「ポジティブに仕事しろ」と言われれば辛いことも「自分のため!これを乗り切れば成長する!」と自分に言い聞かせストレスをごまかしストイックさが足りない自分はまだまだだと無理やり打ち込んでいました。

どっちが正常か




あるとき、気づきました。

あれ?いつまでたっても仕事楽しいって思えないぞと。

なんなら業務量が増えるたび、明日の仕事が頭をよぎるたび、これでいいのか?と葛藤するようになりました。

しかし、そうは思っても仕事をしているときは積み重なる目の前の仕事を処理するのに必死で考えている暇がない。

帰宅してからは疲れ切って寝るだけ、目が覚めたらまた仕事です。

いや、これが正常なはずがないと僕は思いました。

どうしたらもっと時間がある生活ができるかな、心に余裕がある生活ができるかな、と考えました。

すると、いつもそのためにはもっとお金を稼がなきゃなという結論が出ました。

なぜなら、時間に余裕のある生活、自分の好きな時に遊びに行ったり買い物をしたり旅行に行ったりできる生活、それは人に雇われているうちはできないからです。

人に雇われている、ということは「働く時間や内容を他人に決められている」ということです。

人に雇われないで、でも遊んだり買い物したり旅行したりできる経済力がある人間、それすなわち経営者かヒモかパチプロか投資家かフリーランスで成功している人か・・・と絞られてきます。

なのでその条件の人種にならなければなりません。

その条件の人種、経営者やフリーランサーや投資家・・・というのも、名乗るのは勝手ですが、実際に収入がしっかり取れていなければ結局好きな時に遊びにも旅行にも買い物にもいけません。

つまり、「稼ぎたい額」が大きくなるのは必然

ここで最初の、「いくら稼ぎたいか」に帰結します。

ここはつまり、僕にとっては「どれくらい自由に生活したいか」に直結するのです。

そもそも週に1回程度遊びに行ければいいや、月に一回くらい国内で旅行に行ければいいや、欲しいものも少しお金貯めて買えればいいや、というくらいの展望ならその程度稼げばいいのです。

月に手取り40万くらいもらって週末の夜は飲み→カラオケ、月に一回箱根あたりに旅行に行き、ローンで車買う、くらいの生活すればいいんです。

全然浅ましくもなんともありません。

ザ・一般人です。十分幸せです。

でも僕はそんなもんじゃ満足できないんです!!!

週1、ってか毎日公園で遊んで夕方区役所から「七つの子(カラスの勝手の歌ね)」が流れたら家に帰り、そこからいい店でいいものを食い欲しくもないブランド品をつい買ってしまい「またよく考えたらいらないもん買っちゃったよ〜」と頭悪そうなことをホザき月に1週間はフロリダに住んでるくらいの生活がしたいんです!!!!

なので、たくさんお金を稼ぎたいというのは全然浅ましくない、むしろめっちゃピュアな心情に基づき掲げられた理想なのです。

だから僕はこれからも頑張って稼ごうと思うのです。

さあ、ボサッとしている暇はない。

早くパチプロになるための勉強しなくちゃ。

 



 

 

 

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