人生には腹黒さが必要です

あなたがもし、他の誰かよりも少しでも幸せに、

裕福に、楽に、楽しく、

優雅に、生きていきたいと思うのなら

腹黒い部分というものは必ずなければいけません。




腹黒さとは

腹黒さというのは、

「誰かを出しぬこう」とか

「誰かよりいい思いをしよう」とか

他人を貶めるようなイメージがありますが

それだけではありません。

「あの人にこれを言っても誰も得しないから黙っておこう」とか

「ここで助けたらためにならないからあえて手を貸さずにいよう」とか

そういったことも、ある種腹黒さです。

「腹黒い」というと聞こえがよくありませんが、そんなのは言い方一つです。

捉えようによっては、「噓も方便」や「戦略」、「したたかさ」や「思いやり」とだって言い換えることはできます。

多角的発想ができること

例えば、会社の同僚AさんとBさんがいて、AさんがBさんを貶めることでBさんの評価を下げ、Bさんよりも早く昇進したとします。

これは腹黒いですが、かしこさでもあります。

Aさんは「Bさんよりも早く昇進したい」と考えたときに、

ただがむしゃらに仕事を頑張って自分の評価を上げる、という選択肢の他に

ライバルを減らす、ということを発想したのです。

卑怯だと感じるかもしれませんが、実はこんなことは日常的に行われています。

一例を上げると、テレビの情報番組で司会者やコメンテーターが、犯罪者や話題の人を取り上げて「どうしてこんなことになるんでしょうねー」とか「相手の気持ちを考えてないですよね」とか言っているのも、見方を変えれば、さぞ自分は立派な倫理観や道徳の下に清く正しく生きているかのように言っていますが

失敗した人を糾弾して誰もが思っていることを声高に口に出しているだけです。

しかし、それだけのことで

私たちは「ああきっとこの人は正しい判断をしっかりできる人なんだろうな」と勝手に良い印象を抱いてしまいます。

こういったことと、他人を貶め相対的に自分の評価を上げることはなんら本質的に変わりません。

自分が上に上がることを、自分の努力と環境の二つの面から観れているのです。

正直者は馬鹿を見る

はっきり言ってこのことわざは的確です。

「馬鹿を見る」とは「損をする」という意味ですね。

良く考えてみると、正直であることのメリットは場所を選びます。

一万円札を道端で拾ったとします。

周りには誰もいません。

交番は進行方向と逆方向です。

わざわざ交番に届けに行きますか?

中には、「私はちゃんと届けに行く」という方もいるでしょう。

だから腹黒い人が優位になるんです。

この場合、交番に届けるメリットは

・お巡りさんに感謝される

・気持ちいい

・あとで誰かに話せば良く思われるかもしれない

くらいです。

しかし、逆にデメリットは

・逆方向に向かいわざわざ届ける労力

・感謝されないかもしれない可能性

・交番に向かう時間・交番で必要情報を聴取される時間のロス

と、どう考えてもデメリットの方が大きいです。

合理的に考えれば考えるほど、交番に届けるメリットがありません。

正直者、という聞こえはいいですが、大体が自分の気持ちをスッキリさせたいだけの自己満足に終わることが多いです。

開き直って自己中心的に考える方が得るものが多い場面はたくさんあります。

腹黒さは悟られてはいけない

上記したような腹黒さ、ずる賢さ、したたかさというものは

人に看破されては意味がありません。

腹黒くなっていけない、というのは

「腹黒い人だ」と思われてはいけない、ということです。

他人の前では聖人のように振る舞い、内心誰にも気づかれることなく自己の都合の良いようにことを運ぶことが鉄則です。

ここが一番大事なのです。

カリスマと呼ばれる人たちは

こういった見せる部分の選択と黒い部分の隠し方が非常に優れています。

あたかも裏も表もない純真な心を持っているかのような振る舞いで

自分の利を確実に取っていきます。

そのためには、ある程度演技もしなければいけませんし、

人の心理に詳しくなければいけません。

そして何よりも、自分にとってどうでも良いことは他人のために動くバイタリティがあります。

面倒がらずに他人に与え、見られていないところで自分の欲しいものを持っていきます。

これができることこそ、「勝つ腹黒さ」と言えるでしょう。

腹黒き聖人たれ

腹黒いことは必ずしも悪いことではありません。

気づかれなければ感謝さえされます。

二面性を持ち巧みに操ることで、他人も自分も幸せになれます。

その事実を知っているだけでも

より賢明な判断ができる瞬間は増えるのです。







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