【断捨離】本当に断捨離するべきは「人間関係」

「断捨離」しなきゃなあ、と思うこと、少なくありませんよね。

【断捨離】 だんしゃり
断捨離(だんしゃり)とは、不要な物を減らし、生活に調和をもたらそうとする思想であり、やましたひでこ(山下英子)の著書において発表された。「断捨離[1]」「クラターコンサルタント[2]」は山下英子の登録商標である。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

使ってないけど捨てられないもの、貰い物、悪習慣etc…

10代の頃や社会人になりたての頃は、欲しいものが次から次へと出てきて、それを自分で手に入れるのが嬉しくてどんどん物を増やしていました。

しかし、だんだん大人になると、「必要な物だけで暮らせることの方が幸せ」と考え方が変わってきます。

なるべく物を増やさないように、買う前に本当に必要か考える。

今あるものが、本当に必要か考える。

なるべく、たくさんの物が必要にならないように生活する。

長い人生の煩わしさを少しずつ減らしていき、最終的にはほんのわずかな身の回りのものだけで、綺麗に人生を終えましょう、という考え方です。




しかし、物はいくらあっても、あなたのアイデンティティに干渉してきません。

本当に断捨離するべきなのは、「物」ではなく「人間関係」なのです。

 

人間関係を断捨離しよう

人間関係に起因するストレス

 

人間関係を原因として発生するストレスは数しれずあります。

職場で・学校で・家庭で・ほんの一瞬の関わり合いでも、人と人が接するとき、そこには人間関係が生まれます

 

「気を遣う」ということ

 

人と喋る時、接する時、気を使わない相手もいますが、あまり親しくない相手や初めて接する相手の場合、私たちは無意識のうちに気を遣っています

そこには、「嫌われたくない」、「いい関係を築きたい」、「関係が良好な方がメリットが大きい」など様々な理由があり、それを私たちは瞬時に判断しほぼ本能的に相手に気を遣うのです。

相手も気を遣って喋りかけてこず、喋ってみたら最初の印象とは違った、ということも少なくないと思います。

ただ、打ち解けてしまえば気は多少楽になるものの、わからないことが多い相手に完全に気を許すことはありません。

「気を遣う」ということは反面、その相手に対する「警戒心」の表れでもあるんです。

 

「空気を読む」ということ

 

気を遣う、というのは特定の人物に向けたものですが、大勢の中にいる時、私たちはざっくりとその場の「空気を読み」ます。

空気を読むというのも、周りの人に気遣っているように思いがちですが、そこには「場違いな言動で嫌われたくない」、「攻撃されたくない」、「目立ってしまうと面倒」といった保身の意味合いが強くあります。

つまりそれは、「攻撃を回避するための自己防衛行動」なのですね。

 

我慢する

 

聞きたいことがあるけど、失礼かもしれないから聞けない。本当は楽しい気分じゃないけど、周りの雰囲気を壊すから無理して笑う。

本当は怒っているけど、怒ってないふりをする。

泣きたいくらい悲しいけど、泣いても何も解決しないから泣かない。

そういった我慢も、誰かと一緒だからするんじゃないですか?

もしそこに自分以外誰もいなかったら、思いっきりニヤニヤするし、思いっきり泣くし、思いっきり怒れますよね。

「他人の目」があるから、「体裁」があるから、思うまま生きられないのです。

 

一人では解決できない悩みは、我慢せずにまず相談しましょう。

 

「人間」という生き物を理解する

 

私たち「人間」には、他の動物には与えられなかった素晴らしい特徴があります。

しかし、だからこそぶつかり合い、時に傷つけあい、疲弊してしまうことがあるのです。

 

「感情」

 

人間には、他の動物にはない、感情があります。

「喜怒哀楽」と表現され、嬉しい・怒る・悲しい・楽しいという気持ちです。

喜怒哀楽がない人間はいません。誰でも必ず、喜怒哀楽で生きているのです。

しかし、人間関係のなかで常に喜怒哀楽をむき出しにして生きていては、

「子供っぽい」、「うるさい」、「我慢ができない人」などと煙たがられてしまいます。

そうやって煙たがる人ほど、普段自分の感情を押し殺して生きているのです。

感情を素直に出して気持ちを表現できる人が羨ましくてしょうがないと思っています。

だから、自己を正当化するように、「子供っぽい人」と揶揄してそんな人を見下そうとします。

でも本当は、悲しいのは感情を素直に表現できないこと。

子供はみんな感情のままに泣いたり笑ったりします。

それは、人間がそうして生きていくべきだと生まれてきた証拠なのです。

 

「欲」と「知恵」

 

そしてもう一つ、他の動物には与えられなかった人間の特徴として、「欲」と「高い知能」があります。

他の動物はみな、本能を超える欲はありません。お腹が空いたら食事をし、眠くなったら睡眠をとり、子孫を残すために交配します。

しかし人間は本能ではなく感情で欲っするため、欲深く、そのために考えることができます。

そこには「見栄」、「寂しさ」、「ストレス」、「承認欲求」、「不安」など様々な要素が複雑に入り組んでいます。

それを満たすため、「経験」や「知識」を用いて工夫します。

私たちの暮らしに不可欠な存在となったコンビニAmazonなども、

「欲しい」ものが「いつでも」「どこでも」手に入るという

「欲」と「知恵」と「感情」の集大成ですね。

そうやって、利便性や文明の進化の傍ら、欲と感情が招く悲しい出来事も後を断ちません。

イジメ、自殺、強盗、強姦、殺人・・・・

これらもまた、人間の欲と感情が生み出す負の一面なのです。

 

思い込みを捨てよう

 

私たちは「道徳」や「倫理観」を学びながら成長します。

その中で、基本的には、「人には優しく接するべき」「自分から積極的に人に関わっていくべき」と教えられます。

特に日本人はアイデンティティよりも調和を重要視し、綺麗事が大好きという

他人のために生きているような人種性のため、良く言えば平和ですが悪く言えばストレスフルで騙されやすい人ばかりです。

欧米で母さん助けて詐欺が流行らないのは、関係性よりもアイデンティティを重視する人が多く、家族だからといって簡単にお金を渡したりしないからです。

まして、綺麗事と他人尊重で心から気持ち良く生きていけているならいいですが、大体の人がストレスを感じています

日本の離職理由・転職理由の大半が「人間関係」であることが、それを顕著に現しています。

まずは、「どんなに距離が近くても、絶対に分かり合えない人はいる」ということを理解しましょう。

そして、そういった人と「無理に分かり合おうとする必要はない」ということも。

こちらがどんなに心を開いていたって、本音で話していたって、価値観が違う、同じことを同じ場所で体験したって、感じ方が180度違う人というのは必ず存在します。

そういった人に無理に接して干渉するのもされるのも、ストレスでしかありません。

だったら、そういった人とは最初から距離を保つなり、そもそも自分の世界に介入させない努力をする方がよっぽど建設的です。

「話せばわかってくれる」という努力を無駄とは言いませんが、その努力よりも、切り捨てる努力の方が自分を幸せにしてくれるでしょう。

 

自分に合う人間かどうかを精査する

 

今まで習ってきたコミュニケーションは、「相手に合わせられるように相手を知る」ことでしたね。

そして、尊重してあげる、どう接すればいいかを判断する、というコミュニケーションでした。

これからは、「自分に合うかどうか」だけでいいんです。

話してて楽しいか、魅力的か、有益か、もっと仲良くなりたいか、自分を基準に精査し、不要な相手なら迷わず断捨離しましょう

今まで付き合ってきた人も同様です。

情や他人の目に左右されず、自分が付き合っていきたいかで判断し、ネガティブな要素が多い人とはお別れしましょう。

それだけで人生は圧倒的に生きやすくなります。

 

まとめ

「人間関係」の断捨離で心をスッキリ!

 

自分の周りに本当に人が必要か考える

人と接することの思い込みを捨て、無理に付き合わない

自分に必要ない人、一緒にいたい人をちゃんと精査する

 

人間関係のムダなストレスを無くし、消耗しない人生を送っていきましょう!