残念ながら、人生は運で変わります。

どうも、肉圧系男子、クラウンです。

賢明な皆さまならばすでにお察しのこととは思いますが、

やはりそうですね。

人生は運で大きく変わります。




こればかりはどんなに綺麗事で塗り潰そうと、価値観がどうと現実から目を背けようと、漫然と目の前に横たわる紛れもない真実です。

此の期に及んでまだ「そんなことはない、努力で人生は変わる」だの

「運ではなく、最初から決まっていたさだめ」だの「カルマ」だの「因果」だのお戯れになられる方はいらっしゃらないかとは存じますが、一応どういう了見の下こういったことを言わせていただいているかご説明のお時間をいただければ幸いです。

 

自分で決められたか問題

まずなんと言おうとこれですよ。

生まれてくる国を、両親を、時代を、あなたが決めましたか?

ということですよ。

まあもうこれ結論なんですが、

そんな人いないですよね?

「いや、あなたは自分の意思で、あなたの国を、両親を、時代を選んで生まれてきたのよ、なぜならあなたは今世の修行の・・・」みたいな新興宗教よろしくな方はもう結構です。

そう思いたいならそう思っててください。さぞかし幸せでしょう。

現実から眼、背けまくりライフは。

 

僕らは選べない

そうです。生まれる国を、両親を、家庭環境を、母国語を、時代を、僕らは選べません。

これは生まれてくる時だけではないのです。

学校のクラスメイトを、住む地域の治安を、会社の上司を、選ぶことはできないのです。

環境や周りの人間を選ぶことはできるかのように思いがちですが、自分で選んでいるようで、その中身はいつだって運否天賦です。

その人の人格をあなたが決めたんですか?決めてないですよね。

決められないんです。

 

容姿優劣問題

ハゲでデブでチビで目が悪くて足が臭い男と、髪ふさふさでスマートで背が高くて視力も器量も良い体臭の少ない男、どちらになるか選べるならどちらを選びますか?

「前者!」というチャレンジャーな方はもう「20年間息止めチャレンジ」でもやっててください。

そもそも上記2択を選べないのに、「髪フサフサ」の方は「髪フサフサでいる自由」と「ハゲる自由」を選べる理不尽。

アバターでもなんでもない我々の肉体は、特徴も遺伝も好みも選べません。

自分がかっこいいと思う容姿、美人だと思う容姿で最初から生まれられるんならみんな「自分に自信が持てない」なんて理由で悩みません。

 

「無いものねだり」の嘘

人生は無いものねだり・・・

満たされた人生に見えてもその中身は空虚なもの・・・

はいそれ嘘です。

容姿端麗スポーツ万能金持ち頭脳明晰だったら?ねだりますか?

ねだりませんね、産みますね。

ルール自分で作りますね。欲しいものは手に入りますね。

持たざる者は確かに「無いものねだり」です。

無い→得る→もっと→無い ですね。

しかし

与えられし者には「無い」のフェイズがありません。

持ってる→もっと→得る→もっと→得る

のループです。

「無いものねだり」などという言葉は本当に「無い者」がねだらないために作ったテイのいい負け惜しみですよ。

 

「運」に恵まれなかったら敗北か

辛い現実ばかり突きつけられてもマジなんなの?って感じですよね。

もちろん、努力や頑張りでどうにもできないことばかりじゃありません。

 

努力で変わる部分

上記にあげた運で左右される項目は、実は努力で補えるものも多いです。

例えば、「容姿端麗スポーツ万能金持ち頭脳明晰」。

スポーツ、金、は努力である程度なんとかなります。

容姿も金と努力で(整形とか美容グッズとかで)ある程度なんとかなります。

頭脳明晰に関しては地頭の良さとかは正直偏差値あんまり関係無いんで努力より運の要素の方が強いです。

 

「性格」とか「人格」という好都合

都合のいいことに人間社会は「性格」とか「人格」とかもその人間の豊かさバロメーターに加味してくれるので、この分野だけは「持たざる者」に大きなアドバンテージがあります。

まず与えられし者ズよりも持たざる者ズの方が圧倒的に多い、多いようになっています。

これは自己評価で「恵まれている」と思う方よりも「恵まれていない」と思う方の方が多いのと、事実客観的にも「あの人はとても恵まれていると思う」という方が少ないから自ずとそうなります。

そして「性格」・「人格」の良し悪しの判断材料として、「共感」が大きなウエイトを占めているのです。それは共感できる相手には親しみを感じやすいからです。

つまり、「私は恵まれているわ!」と感じる方よりも「私は恵まれていないわ・・・」と感じる方の方が圧倒的に共感を得やすい、かつ、好まれやすいという都合の良い図が出来上がっており、さらには確かにずっと裕福に暮らしている人よりも苦労を知っている人の方が(多くの)人の気持ちがわかるので、尊重されやすいというロジックが成り立っているのです。



甘んじることなく求めるべし!

運や持ち物、環境で自分が誰かに劣ると感じると、人格や人間性にまで言及し

「あんな性格なら貧乏のがマシ」、「宝の持ち腐れ」と妬んでしまいます。

しかし!

誰かと比べてはいけません。

あなたはあなた、私は私。

自分が「手に入れた!」と腹の底から納得して大の字になれる日まで、飽くなき精神で理想を追い求めましょう。

 

人生は確かに運で変わります。

でも、求めることをやめたら、それこそ本当に満たされることはなくなるでしょう。

人は、利便性を追い求め、豊かさを追い求め、異性を追い求め、日々進化を続けてきました。

進化に必要なのは、理想を、可能性を「求めること」です。

運で持ち得なかった部分は、自己を高めることで補いましょう。

自己を高めようとする気持ちは、運には左右されません。

生涯、理想の自分を追い求めるために、僕たちは自分自身を選ばずに生まれてきたのかもしれません。

そういった意味で、運で変わる要素はあれど努力は大事、ということが言いたk・・・

・・・え?今日チャーハン

エビフライって言ったじゃん!!

んだよ!こんな家に生まれたくなかった!!!

 

 






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